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どちらも悪くなかった話。見方を変えるということ。

事の発端はTwitterで妹と言い合いをした事。

空リプとRTでTLが埋まるのが甚だ迷惑なので妹に対して苦言を呈してみました。それは迷惑行為とも取れる嫌われやすい行為なので止めた方が良いよ、と。

 

それに対して妹は楽しいから止めたくない、みんなやってる、気を使って夜中しかしてないし、ツイプロにも注意書きしてるから問題ない。迷惑だと思うならリムブロすれば良いだけ。Twitterは自由な場所だ、自由にさせろ。とまぁ大層お怒りになられまして…。

 

ちょっとした行動を変えるだけで、今まで繋がってこれなかった人とも繋がれるかもしれないし、迷惑をかける事なくお互いに気持ちよくTwitterを利用する事が出来るのだと諭してはみたものの結果は変わらず。

 

それを迷惑だと感じる事の方がこっちからしたら迷惑だと、だからリムブロで構わないと怒られました…。

 

そこで私はちょっとした違和感を感じました。姉馬鹿と思われるでしょうが、妹はそこまで馬鹿でも礼儀知らずでも自己中でもないはずなんです。で、少し考えてみました。そこで私たちのすれ違いの原因に気づきました。

 

私は人に迷惑を掛ける行為は慎む、というマナーについて言及していて、妹はお互い地雷は避けて関わらず、楽しく利用しましょうという住み分けについて言及していた事に気がつきました。

 

なる程、住み分けという観点でみれば確かに妹の言い分は間違っているとは言えないな…。でも親しき仲にも礼儀有り、仲良しグループの影で迷惑している人が居ないとも言い切れないのでちょっとはマナーについても考えて欲しいなと思いました。

 

ちなみに私は迷惑だったので、単語ミュート、リストなんかを使って自衛する事にしました。自分が快適に利用できるように自衛するのも、お互いに迷惑を掛けない為に大事な事ですよね。

 

ちょっと見方を変えれば相手が悪くない事もある、自分の工夫でそれらを凌げる事も多々ある、それらは自分の中のわだかまりを解消してくれる事もある、というお話をしっかり覚えておきたいのでブログに書き残してみる。

 

全てにおいて絶対的に何かが正しいという事は無いと思う。正しさとは立ち位置によって変わることも多々あるからだ。私は時々自分だけが正しいと思うなよ、みたいな事を言われるけれど、その言葉をそっくりそのまま返したい。その言葉は相手を否定した上で自分が正しいと主張しているように見える。相手も自分も正しい場合もあるのだ。是非ほんの少し相手の立場になって考えてみる事も考えて欲しいなと思う。そうすれば胸の中にあるわだかまりが軽くなる場合もあるので、それはお互いの為にもなると思う。